第二話:かまぼこ板
少し前、ほんのついこの間のことなんですけどね、アタシが明治通り沿いを歩いていたら、後ろから若い男の子の声が「細川さんですよね」ってしてね、大学生くらいの青年が、アタシの目に前に回りこんで来たんですよ。
結構ね、アタシも心霊界のリフォームの匠として顔が知れてんで、いろんな世代の方が声をかけてくれるんですよ。 普段なら嬉しいんだ、そおゆうときって。
でも、このときはびっくりしましたよ、だって突然ね、人の前を遮って失礼じゃないですか。
ちょっとね、カチンと来ましたね。ワタシだって、怒るときは怒りますよ。
その彼は、ここで会ったが百年目と云わんばかりに「不思議な体験したんです」って顔してたんですよ、ええ。
でもねぇ、ワタシ「悪いんだけど、今、急いでるんだ」って、彼を押しのけて歩を進めたんですよ。
別に急ぐ用事なんか、一つも無かったんですけどね、ただ彼の話を聞く気がしなくて。
そしたら、彼も聞いてもらうまで離すもんかと、さらにワタシの前に出てきたんだ。
ワタシね、内心、「あ〜、やっかいな人に捕まっちゃったなぁ」って思ったんですよ。
もうね、無言でね、さらに振り切るように早足で前に歩いたんだ。
すると、また彼が前に出てくるんですよ。
本当にしつこいんだ、その彼。
しばらくの間、前へ前へと体で彼と押し問答しているうちに気が付いたら、渋谷近くまで来てたんだ。
ワタシ、驚きましたねぇ〜、彼と押し問答している間に何キロと歩いっちゃって、新宿から明治通りを渋谷まで彼と歩いっちゃったんだ・・・。
ありえない、もうありえないんだ、ワタシ負けましたよ。
「分かったから、分かったから、話を聞くから落ち着きなさいよ」
って言ってやると、鼻息を荒くしていた彼も、崩れるように笑みを浮かべたんです、ええ。
気が付くと、二人とも汗でびっしょりでしたよ。
じゃあっつうんで、二人でスタバに行って、ワタシはストロベリー クリーム フラペチーノを注文しましたよ。彼は何か茶色い汁を注文してましたよ。
席について、しばらくして「細川さんしか、聞いてもらえる人がいなくて・・・」と彼は切り出してきました。
その話は彼が高校生のときで、そうですね、仮にK君としておきましょう。
これはK君が大学受験まで、あと二ヶ月ぐらい前と切羽詰った頃の話らしいんですけどね。
彼が言うには、毎晩、夜遅くまで受験勉強していたらしんですよ。
でも夜中にずっと勉強してると、どうしても眠たくなっちゃう、分かりますよね、自然の摂理ですよね。
でも眠っちゃあいけないっつうんで、毎晩決まった時間に近所を散歩してた。
20分くらい、真夜中に、車の廃棄ガスや埃のたってない住宅街を散歩すると目が覚めたらしんです。
夜寝静まった街を、一人歩いている。
静かなんだ、シーンとしてねぇ。
目も覚めるし、気持ちがいいんだ、リフレッシュ出来て、その後の勉強もはかどる。
K君は、その真夜中の散歩を日課にしてたんだ。
辛い受験勉強の期間の唯一の楽しみだ。楽しみだったのに、彼、ある夜から散歩が出来なくなったそうです・・・。
その夜も、受験勉強しててK君眠たくなった。
時計を見れば、いつもの真夜中の散歩の時間だ。
じゃあって、彼、ジャンパーかなんか羽織ってね、夜は冷えますからねぇ。
そして、家族はみんな寝てるから起こさないようにと、物音立てないように家を出たらしいんです。
静かだ、静かなんだぁ、空気も澄んでいて美味しい。
夜空を見上げれば、星がたくさん瞬いてたそうです。
受験まで、もう日数が無い、もっと根詰めてやらなきゃなんて考えながら歩いてた。
で、彼、変なんですがね、やっぱり夜に、一人で歩いているのは危ないからって、護身用に武器持って歩いてた。
確かに、最近、色々物騒な世の中ですからねぇ。
分かるけども、その武器っていうのが、変なんだ。
K君、護身用の武器に「かまぼこ板」持ってたっていうんです。
ワタシ、彼から「かまぼこ板」の単語が出たとき、思わずストロベリー クリーム フラペチーノを噴出しそうになりましたよ、ええ。
渋谷まで、しつこくワタシに引っ付いて来た様な彼ですからね、やっぱり変ですよ。
耐えて彼の話の続きを聞きましたよ。
もう、しょうがないですからねぇ、ここまで来たら。
話は戻りますが、K君、ズボンの後ろポケットにかまぼこ板を入れて毎晩歩いてた。
いざってときには、「えぇーい、こんちくしょう!!」ってね、かまぼこ板の角で叩いてやるって考えてたらしんです。
ワタシから言わせてもらえば、受験勉強のし過ぎか、どうかしちゃってますよねぇ。
でも実際、襲われたら怖いですからね、出来たら使う機会なんか無い方がいい。
案の定、毎晩、なんなく短い時間の真夜中の散歩を終えていた。
その夜も、問題なく散歩を終えると思っていた。
ところがだ、あれ、おかしい。 静まり返った住宅街の中で、自分の靴の音以外に足音が聞こえる。
真夜中の散歩者が他にいても、別に問題無いんですが、ずっと真夜中の散歩していたけど人の足音が聞こえた日は初めだったそうです。 住宅街ですからね、めったに真夜中に人は歩きませんよね。 空耳からと思ったそうなんです。 足音が聞こえて、K君が足を止めると、聞こえていた足音も途絶える。
そして、また歩き始めると重ねるように足音が聞こえてくる。 やっぱり誰か歩いている。 それにだ・・・
まるで彼の後方、数メートル後ろをついて来ているかのようだ・・・。
振り返ってみても、一本道なのに誰も見えない。
結構、犯罪防止のために外灯も立っているから。誰かが居たら見えそうなもの。でもいないんだ。
K君、試しに、歩いたり、止まったりを少し繰り返して、聞こえてくる足音を確かめてみた。
やはり、彼の歩調に合わせているかようだ。
怖くなっちゃった。
初めただ、こんなこと。
彼、その夜の散歩は早めに切り上げることにして、家の方向へ足を速めたっていうんです。
すると、後ろ、彼方から聞こえていた歩調も速くなった。
間違いない。
誰かがついて来てる。
彼、かまぼこ板を手にとって、もう走り出した。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
後ろの足音も激しくなる。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
それどころか、だんだん音の距離が縮んで来ている。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
K君、もう全力で走ってる!
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
音がだんだん近づいて来る。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
やはり、かまぼこ板なんか役に立たない。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
歯食いしばって、出来る限り手足を前へ前へと、早く、家へ。
汗がドっと出る、体が熱い、でも逃げなきゃ!
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
もう少し、もう家が見えてる。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
音が、すぐ後ろで聞こえる。やばい、追いつかれる。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ
家の門だ!でも体が止まれない。もう止まったら捕まる!!
突っ込むしかない!!
ガシャーーーーン、彼、自分の家の門にぶつかった。
真夜中だ、すごい音が響いたそうです。
すぐ、何事かと玄関の電気が付き、家族の者が飛び出て来た。
K君が門にぶつかって倒れているんだ。
家族も訳が分からないですよねぇ。
家族に助けてもらい、立ち上がったK君の様子を家族が見守る。
もう絶対、怪我してると思った。でも、どこも怪我なんかしてないんだ。
凄い音がして、K君、門にぶつかったのに、無傷なんだ。普通なら、そんな全速力で門にぶつかったら、どこか怪我してるもんだ。擦り傷一つないんだぁ。 彼が一番、不思議がった。
そうだ、さっきの足音の奴は!?
ぱっと彼は道路に出て左右見渡せるだけ探しても、誰も居ない・・・。
家族に聞いても、音がしてすぐ外に出てきたがK君が一人で門の前で転がっていただけと答えるんだ。 なんだか家族の者が、心配そうな顔でK君を見てる。 まるでK君がどうかしちゃってるかのような、哀れみも含まれた顔だ。
それよりもK君、あの足音の人間を見つけるのに必至になったっていうんです。
あいつは、あいつは何処行ったんだ?
すると、家族の誰かが悲鳴を上げた。
「あんた、何持ってるのー!?」
え?K君、自分が何かを握り締めているのに気が付いた。
板じゃない。
その手には、
もっちりとした、かまぼこがかまぼこ板の上に乗っていたそうです・・・。
彼、スタバで一生懸命、「板だけ持って家を出たの確かなんです。かまぼこの身は付いていなかったんです。」って繰り返し、ワタシに言って来ましたよ、えぇ。
最初っから、かまぼこ持って家を出たと考えたら、ワタシとしちゃあ、楽なんですけど、そう言っちゃうのもつまりませんからねぇ。
まあ、K君も含め変な話ですよ。
いったい、K君を追いかけてきた者はなんだったのでしょうかねぇ。
彼が変なだけなんですかねぇ。
あるんですねぇ、こおゆうことって実際。
ありふれた話ですけど、ね。
受験生の皆さんは気を付けて下さいよ。勉強はほどほどに・・・。
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