第三話:この人です




 この話ね、ワタシが出演させてもらっていた番組のプロデューサーから聞かされた話なんですけどね。

 「淳ちゃん、淳ちゃん、俺こないだ怖い目にあってねぇー」って言うんで、
 「どうしたの?」ワタシ聞いたんだ。
 彼、口元からツツゥーーーーーっと少しヨダレを垂らしてましたよ。

 ええ、ワタシ見ました。
 光ってましたよ・・・。




 そのプロデューサー、ええ、仮にJさんとしときましょうか。
 Jさん、プロデューサーの地位になってから結構長いけど、未だに電車通勤してたらしいんです。
 彼ほどの地位になると、テレビ局まで車で通勤する方がほとんどなんだけど、なんか、彼、電車通勤が好きだった。
 時間が不規則な業種ですからねぇ、通勤ラッシュに巻き込まれることはないですし。
 深夜の帰宅となれば、テレビ局から「タク送」って言って、タクシーのチケットももらえるんだ。
 だから、電車の方が楽っつたら楽だったそうですよ。
 ガソリン代も値上がりする一方ですからねぇ、そりゃ、賢い選択だったかもしれませんねぇ。

 でも、ある日から、彼、電車に乗れなくなった・・・・・。




 それはいつものように、彼が電車に乗って通勤しているときのことだったって言うんですよ。
 Jさんの住んでいるマンションから、テレビ局まで二回ほど電車を乗り換えなきゃいけない。
 最寄の駅から電車で六駅、それから地下鉄に乗り換えて四駅なんだ。

 普通のサラリーマンの方々が乗られる時間帯とは違いますからね、いつもだいたい席は空いてるし座って行けるんだ。

 その日も、Jさん、最初の電車降りて、連絡通路通って、地下鉄の改札口を通り、ホームで地下鉄の車両が来るのを待ってた。
 しばらくすると、真っ暗な闇の向こうから、一筋の光を放って列車が来た。



 キキキキキキキキィィィィー、プッシュゥゥゥゥゥゥゥゥウウ・・・・・。



 いつものように、真ん中辺りの車両に乗り込む。
 向かい合わせの形になったシートには、乗客はまばらだ。
 十時過ぎごろだったていうんで、お年を召した方や、主婦、フリーターっぽい人ぐらいしかいなかった

 Jさん、乗ってきた扉から一番近いシートに腰を下ろした。
 だいたい、みなさん、端っこが空いてたら、そこに座りますよね。
 Jさんもそうしたんだ。


   席について、さあ、今日はあの番組のロケの部分の映像の手無しをチェックして、その後は来月のゴールデンタイムに流れるスペシャル番組の打ち合わせだ。
 なんて、Jさん、スケジュールの確認を頭の中で、ああだ、こうだ、と確認してた。

 列車の扉が閉まることを知らせるベルが流れる。


 

 そこに、列車の扉が閉まる直前に、Jさんのいる車両に人が飛び込んできた。


 Jさんの真横の扉からだ。

 少しびっくりした。
 本当に一歩間違えたら、扉に挟まれるんじゃないかって、ぐらいのところに飛び込んで来たんだ。

 危ねぇことする奴もいるもんだ、どうせ次の列車もすぐ来るのに・・・


 Jさん、そう思ったって言うんですよ。
 非難も含め、睨む感じで真横に立ってる人間を見た。


 あれ?子供だ。


 こんな時間の列車に子供が一人で乗り込んで来たっていうのかよ。
 よく見れば、小学校三〜四年生ぐらい、10歳そこらだ。
 それより幼い感じもするか。

 なんだい?こんな時間に。身なりはちゃんとしているが、ランドセルを背負ってるわけでもないんだ。
 その日は平日で、十時過ぎの列車に、それぐらいの年頃の子供が一人で乗って来たことに、どこか違和感を感じた。

 まあ、最近、身勝手な親もいますからねぇ。ええ、躾も教育もあったもんじゃない。
 ちゃんと学校に行かない子供もいるかもしれませんが、Jさん、どこかこの子供に気味悪いもんを感じたって言うんです。




 列車はとうに動き出してる。

 なのに、その子は、扉から入ってきたまま、真っ直ぐに向かい合わせの扉の方を向いて突っ立てる。
 飛び込んで来たわりには、息を切らした様子もない。
 じぃ〜〜〜と、気をつけのポーズの形のまま固まったように、Jさんの横で立っているんだ、これが。

 うわ〜、変なガキだな〜。
 席なんて、どこもかしこも空いているんだから、さっさと座ればいいのに。
 列車に乗って、席が空いてても、扉の傍に立ってる方っていらっしゃいますが、この子供は直立不動で、入って来たときの方向向いてるままなんだ。普通なら、手すりに掴まるなどして、立っていても窓の方向きますよねぇ。
 うへぇ、気持ち悪いのが来たなぁ。マネキンみたいじゃないか。
 とにかく俺の横に立ってるんじゃないよ。
 って思いながら、Jさん、その子供の横顔を見てた。


 すると、くるっと、その子供が、顔だけ、Jさんの方を見たっていうんです。
 Jさん、ドキッとした。

 でもねぇ、不思議なことに、Jさん、その子供の顔を今では思い出せないっていうんですよ、ええ。


 子供はJさんから目を離さずに、その場から歩き出したんだ。


 そしてJさんの前に来た。

 えっ?
 なんなんだ、このガキは!?
 本当に気持ちの悪いやつだなぁ。
 相変わらず、子供は、Jさんから目を離さない。
 なんだか死んだような目をしてる。
 これが子供の目かよ?
 Jさん、目が離せないんだ。声も出せない。
 嫌な汗がつつつつつつぅと垂れる。
 
 何か、目だけで圧力を加えられているような、そんな感じがした・・・。


 そのとき、初めて恐怖を覚えたって言うんです。


 すると、子供はJさんの膝の上に乗って来ようとしたんだ!!
 驚いた!驚いたんだなぁ。
 なにしようとしてるんだ、こいつは。
 Jさん、子供を振り払おうにも手が動かない。
 ピタッって、手を何者かに抑えられているようだ。
 目線を動かして、他の乗客に助けを求めた!!

 おかしい、誰もこの子供の奇行に気付かない。
 みんな、向かい合わせの窓を見てるだけだ。

 俺だけか?この子供が見えているのは、俺だけか!?


 子供はついに、Jさんの膝の上に正座をして乗って来た。
 膝を通して、子供の重みをググッと感じる。
 子供の顔がすぐJさんの目の前にある。


 うわあぁぁぁぁぁ。やばいよ、これ!やばいよ、これ!


 子どもがおもむろにこちらに両手を差し出して来た!
 そして、両手でJさんの顔を掴もうとしたんだ。
 Jさん、逃げたい!でも、全く動かない。目線だけで子供の手を追う。
 何すんだよう!何すんだよう!助けてくれえええぇ!
 


 ガシッ!!


 子供の両手が、Jさんの頭を掴んだ!!

 小さな手のはずなのに、しっかりと押さえつけられた感じがする。
 子供の力なんかじゃない!


 ああ、ああ、ああ、何すんだ!?何すんだ!?


 目の前には無表情の子供の顔が!!!!

 顔が!顔が!死んだ魚のような目を見据えたまま、顔が!ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅと近づいてきた!  すぐ目の前、もう鼻と鼻が引っ付きそうな位置だ・・・。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いんだああああああああ!

 そして、子供の口が開き・・・・・


























 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」

 「この人です!」








 「この人が僕のお父さんです!!」






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「いやあねぇ、淳ちゃん、俺、気が付いたら、大口開けてヨダレをつつつつつつぅぅぅぅぅぅと垂らして意識を失ってて、車掌に起こされたんだよ。意識がないまま列車を四往復してたみたい。ひどいもんだよねぇ、他の乗客なんて誰も助けてくなかったんだよ・・・・・・・。
 体?全然どこも大丈夫だよ。あれから特に異変はないけど。確かに奴に乗られたし、この頭を掴まれたんだよ。さすがに、もう電車は怖くて乗れないなあ・・・・・。」
 って、Jさん、言ってましたよ。


 いやあ、あるんですね、こおゆう話って・・・・・。
 ありふれた話ですけど、ね。
 実際、Jさんには子供はいないんですけど、結構、女遊びが激しいって噂のある方ですからねぇ、ええ。
 まあ、心当たりが無いでしたらいいんですけど。


 




 




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