ドアを開けるとカレーとの出会いが・・・


大阪市天王寺:「カレーHOUSE ぱっくんこ」
 п~×××××

 

おいしかった・・・★★★★★★★ 
ボリュームで十分★ 
居心地いいような気がした★★★★ 
サービスには満足★★★★
俺、頑張ったよね★★★★★★★
備考羞恥心の先に美味いもの有り


 理由は分からなかった。
 カレーが食いたい、無性にカレーが食いたい。
 そして俺はその店と出会ってしまった。いや、見えない糸によって呼ばれたのだろう。


 大阪の天王寺区にあるカレー店「カレーHOUSE ぱっくんこ」に。


 今日は関西支部での「ミシン売り上げ向上セミナー夏の陣」に参加のため、大阪の天王寺に来ていた。
 セミナーは「売らな、ミシンと心中!!」と、あっさりと終わり、俺は食べ損ねた昼飯を求めて大阪支部のビルを出た。
 天王寺の開発は著しく、すっかり箱庭のように綺麗に整備されていた。
 あれはいつになるだろうか?もう10年以上も前になると思うが、当時ちょっとだけ付き合っていた女性、恋人というには俺の手に余る女性と天王寺動物園に来たことがあった。それ以来だな。

 あの娘はどうしてるだろ、笑うと前歯が一本無くていつもそれを気にしてたっけ。笑うたびに彼女の歯の隙間から見える闇に僕はいつも惹かれていた、何よりも彼女の笑顔は素敵だった。



 「天王寺動物園にパンダ呼びたいんやけど、パンダを購入する資金がないんやって。せやから、小さいサイズの白熊に黒い模様を塗ってパンダとして出す予定やねんて、すごいやろ!?」
 そう言われて俺は、ここら辺ならありえそうだなと本気で思って黙っていた。
 すると彼女は不思議そうな顔をして、こちらをじっと見つめたかと思うと、
 「なに、ぼーっとしてんの!?そんなんあるわけないやん。パンダが氷抱えて泳ぐかいな!これやから・・・もぅ。」
 どうも、俺はこういう返しというのは苦手だ。
 しかし一人で笑ったり怒ったりしてる彼女は、とてもかわいらしく見えた。



 天王寺駅周辺は少し裏に入ると、変わることなくドヤ街の雰囲気を残していた。狭い商店街には日雇いのような中年男性などが行き来をしており、この人たちも含めここいらの色を残しているんだな。
 昼食はどうしようかな、やはりカレーがいいな。うん、カレーしかない。カレーだ、カレー。
 しかし、ここら辺の食堂と呼ばれる店で出されるカレーというのは、黄色味が強く、グリンピースが乗ったものだというイメージがある。
 俺は、あまりカレー丼のような小麦粉の存在感が強く、とろみの濃いいカレーより、香辛料が多く、さらっとしたルーの方が好きな性質だ。

 出逢えるかな、そんなカレーと。
 今日も出逢いたいな、そんなカレーと




 「もう、腹がペコちゃんだよ。」
 二十分は歩いただろうか。
 仕方ない、カレーであれば、安い食堂のものでもいいと妥協しかけたところ、その看板が目に入った。




 「カレーHOUSE ぱっくんこ」




 この商店街の風景に取り込まれた食堂のような店の佇まいではなく、外見はレンガ造りで確かに雰囲気的にも昔からの洋食屋を思わせる店構えの店舗があった。
 もう一度、看板に目をやる。確かにカレーHOUSEと書いてある。
 「カレー専門店があったんだ!!ここっきゃない!!」
 俺は迷うことなく店のドアを開けた、それは運命と呼べる出会いだった。



 ドアを開けると「カランコロン」と懐かしい響きのベルが鳴った。
 そのベルが似合うように、外見通り店内は食堂といった感じではなく、ヨーロピアン調にほどこされていて案外小奇麗にされていて安心した。
  昼の二時過ぎという時間帯のせいもあるのかもしれないが、ここら辺の地域では串カツ以外や、飲めない店は人があまり入らないのか客は俺以外見受けられなかった。
 いや、奥のテーブル席に食事をしている様子の太った中年男性がいる、こちらに背を向けているため何を食べているか分からない。俺も早く席に着いてカレーが食べたい。

 
 「いらっしゃいませ」
 ここのコックと思われる男が厨房から出てきた。
 ウエイターもウエイトレスもいないようだ、雇う余裕もないくらい流行ってないのか?
 この店内の綺麗さは、人が入らないからか?いや、売れ行きも味の勢いもない店の廃れた感じが全然しない。
 店の者の愛情すら感じるほどだ。これはもしかすると・・・。
 喉が「ゴクリ」と鳴った。

 「お一人ですか?」
 うなずくと、コックは俺をもう一人の男から一番離れた窓際のテーブル席に促した。

 水と共に渡されたメニューを拡げると・・・・・



「むしゃむしゃカレー」                                        780円
「パクパクカレー」                                        780円
「バクバクカレー」                                        780円
「モリモリカレー」                                        780円
「ツルツルカレー」                                        780円
「サラサラカレー」                                        780円
「ペチャクチャカレー」                                        780円
「パリパリサラダ」                                        380円
「サラサラサラダ」                                       380円
「カリカリサラダ」                                       380円
「ピキピキサラダ」                                       380円
  


 またか、普通に「カレーライス」の文字が無い。カレー専門店で普通のカレーライスを求めてはならないのか?
 今は腹が減っているのもあるが、普通のカレーライスが食べたい。俺の勘が正しければ、ここのカレー美味いに違いない。それでは尚更飾り付けてないカレーを食したいのだ。

 「あっ、カレーライスを・・・」
 「何カレーになさいますか?」

 間髪入れずコックは俺に選択を求めてきた。

 「・・・じゃあ、一番上のむしゃむしゃカレーを・・・」
 「はい、むしゃむしゃカレーですね。少々お待ち下さい。」

 そう言うと、コックは踵を返して厨房に消えた。
 どうも、俺は押しが弱いな。この押しの弱さが、少なからずともミシンの売り上げが伸びない原因の一つだということは否定出来ないな。

 それにしても、俺もいい歳の中年、コックもなかなかいい歳だろう。「むしゃむしゃ」という単語を口に発するのが少し恥ずかしく思えた。
 自分でメニューを命名したとはいえ、毎日奴はこんな擬音を客が発した後、それを繰り返し発しているのだろうか。どうしてこんな名前のメニューばかりなんだ。



 そうこうしている内にカレーが運ばれて来た。

 「むしゃむしゃカレーお待ちどう様でした。」

 鼻腔をくすぐる香辛料のいい匂いがする、これは美味いだろうな直感で感じた。
 しかし、はて?見た目はどうってことないビーフカレーのようだ。
 俺が今まで出会ってきた特殊カレーたちは、もう見た目一発で普通じゃないという威圧感がカレーからしたものだが、これはどうだろう。
 いたって普通のカレーライスだ。
 コックに訊こうにも奴はもう厨房の方に消えている。


 まあ、いい。これが普通なんだ。名前はともかく美味いことに越したことはない。俺は今まで特殊なカレーと出会い過ぎたのだ。よし!

 カレーと共に来たスプーンのナプキンを解くと、カレーをすくって口に運んだ・・・。





 『むしゃ』




 「えっ?」
 確かに今『むしゃ』と音がした。なんだ、俺の顎を通じて出てきた音なのか?それにしては、はっきり耳に残っている。まるで目の前で手を叩かれたような強さの音がした。
 気のせいか・・・?



 俺は口の中のカレーをもう一度噛む、


 『むしゃ』


 確かに噛む音にしては、明らかに大きい咀嚼の音が店内、俺の付近でした。

 辺りを見渡す。




 奥の席の太った客がこちらを見ていた。

 細い目の奥で、こちらの動揺を見透かしたように見つめているかと思うと、口の端を上げ笑みを作り、そいつが顎を動かした。


 『ぱく』


 彼の席から、ここまで数メートルの距離があったが、その音はまるで目に見えるかのごとく耳に入った。


 奴は咀嚼を続けた。聞こえてくる。聞こえてくる。



 『ぱく』『ぱく』『ぱく』『ぱく』『ぱく』『ぱく』『ぱく』『ぱく』


 しまった、全て理解した。ここまで聞こえてくるカレーと歯がぶつかる音の数々は否定出来ない。普通なら、こんなマンガのような擬音が出るわけが無い。信じられないが、ここはそおいうカレーを出す店なのだ。またか!また特殊カレーか!




 かといって、口にカレーが入っている以上、俺に選択の余地はない。飲み込むには、口の中のじゃがいもが大き過ぎる。ゆっくり顎を動かす・・・。


 『むしゃ』


 『むしゃ』


 店内に俺の咀嚼の音が鈍く響く。あまり咬まないように舌全体に神経を集中させているが、ここのカレーの味は悪くない、美味いぞ、このカレー。
 しかし、如何せんこの音だ。
 まるで、顎にマイクでも付けているかのようだ。
 俺の耳は今赤く染まっているんじゃないだろうか。咀嚼の音を周りに聞かれるというのは、かなり恥かしいぞ。しかもこんな漫画のような音、下品極まりないじゃないか。よりによって『むしゃ』だし。


 俺は、まだ形がしっかり残ったじゃがいもごとカレーを、喉の抵抗に反して飲み込んだ。さすがに飲み込む音までは大きくない。


 「ふぅー。」
 席に着く前にどうして、もう一人の客が食べている音に気が付かなかったんだろう。
 それ程、空腹状態から抜け出すことに神経が行っていたのだろか?

 水で喉を促しながら、先程のもう一人の客の方に目をやった。彼はもうこちらに背を向けているが、今ではすんなりと『ぱく』『ぱく』という音が聞こえる。
 リズムよく聴こえるその音に、人間はこんなにリズムを刻んで飯を食べていたんだなと初めて気付いた。


 そうか、彼のカレーは「ぱくぱくカレー」だな。


 厨房に目を運ぶと、コックの男が厨房から身を乗り出して目を閉じ、その音を聴いている。
 なるほど、この咀嚼の音はあのコックのためにあるのか。
 客とコックのコミュニケーションの役割を果たしているのだろう。普通の店なら、客が席に座って、コックはオーダーされたメニューを出し、金を受け取るだけ。それは至って当たり前のことのようになっているが、そこに必要以上の接触などはない。
 しかし、ここでは、咀嚼のリズムが鳴るということは、それだけここのカレーが美味いということの証になるのだ。それを聴きながら、コックは満足しているのだろう。
 よくこんなカレーを作りだしたものだ。
 空腹のあまり気が付かなかったが、店先に「咀嚼音鳴ります」とでも注意書きがあったような気がする。
 この時間帯うんぬは関係無しに、こりゃリピーターはなかなか出来ないだろう。
 冷静な客なら、店のドアを開けた時点で店内に響く漫画のような音に踵を返す筈だ。それが当然だ。
 ならば俺は来るべくして此処に来たことになるな。
 やはりカレーが俺を呼んでいる。



 俺の目の前には、一口しか手を付けてないカレーがある。
 一口だったが、ここのカレーは美味いと理解するには十分だった。
 次の一口が食べたい。
 しかし、音が恥ずかしい。
 でも食べたい。

 店内に客は俺ともう一人の中年男性だけだ。彼はこちらには平気で『ぱく』『ぱく』という音を出している。彼の咀嚼音を聞いていると、ますます食欲が掻き立てられて来る。
 もう一度、コックの方に目をやるとコックはその音のリズムの波を泳ぐように悦に入っているのが分かる。そして、時折ちらちらとこちらの様子を窺っている。
 俺の音を待っているのだろう。

 『むしゃ むしゃ』という音は恥かしいが、その音を出してもいいくらいの価値がここにある。それに俺の空腹は依然納まってないのだ。




 たまには、客と料理人がお互いに金銭以外の満足を与え合う店もいいだろう。





 しかし、本当にどうやって作ってるんだ?このカレー・・・。
 







    

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