
武蔵野市吉祥寺:「狂い咲きカレーロード」 п~×××××
理由は分からなかった。 カレーが食いたい、無性にカレーが食いたい。 そして俺はその店と出会ってしまった。いや、見えない糸によって呼ばれたのだろう。 武蔵野市の吉祥寺にあるカレー店「狂い咲きカレーロード」に。 昼間だというのにカレーバーと英語で書かれたネオンがまたたいていた。 店の前の狭い路地には通行妨害のごとくアメリカンバイクがたくさん止っており、よく磨かれたハンドルバーがカマキリのカマのように鋭い光を放っていた。 今となれば、あれは獲物を狙うカマそのものだったのだろう。 触れないようにアメリカンバイクの群れをくぐり、薄暗い店内に入ると一瞬ここはバーではないのかと勘違いしそうになった。 煙草の煙立ち込める店内はカウンター席にテーブル席が何席か、何よりも装飾がライダーズの溜まり場みたいな造りになっていた。ここはアメリカのハイウェイの特殊なドライブインでもないし、店舗の広さはごく普通の喫茶店並だ。「ルート・・・」と書かれたプレートが吉祥寺で泣いている。 ここは本当にカレー屋のなのだろうか? ジュークボックスからイージーライダーのテーマが流れている、カレー屋のやることではない。 テーブル席に座っている何人かのヒゲ面の黒い革ジャンを着たライダーズと思われる男達が、店内に明かりを持ち入れた俺を睨んでいる。 常連客だろうか?外のバイクは彼らの物だろう。 どうやら俺はここに来るべきではなかったようだ。 店から出ようと踵を返すと低い声が私の背中に呼びかけた。 「カレーを食べに来たのかい?ベイベー」 俺はベイベーではない。背中からそのような言葉をかけられて動けずにいた。 「ベイベーの空腹はフルスロットルではないのかい?カレーがあるぜ。」 このままドアの外に出て適当な店で空腹を満たすのは簡単だったはずだが、俺はその声に振り返ってしまった。 客席のクールスみたいな連中がみんなこちらを見ている、なぜ皆グラサン着用済みなんだ。 タバコの煙に間切れて見えたスキンヘッドの男がさらに言葉を重ねて来た。 「ここのカレーはハートに火をつけてくれるぜ、まぁ座れよ」 断る勇気が俺にはなかった。 しかし、彼らと俺との心の距離はハイウェイの始点から終点ほど距離を置きたかったので、煙を掻き分け誰もいないカウンター席に座ることにした。素直に怖いのもある。 振り返らなくても分かるが、多分テーブル席のグラサン連中の視線はこちらに集中しているはずだ。 カウンターにいたこの店の店長らしき、白髪の長髪に同じく白く長いヒゲ面の初老と思われる男が近づいて来た。一瞬ホームレスかと思った。そのような匂いも微かにした気がした。 なぜ、あなたまで店内でサングラス着用なんだ。 「メニューさ、お勧めはヒゲカレーだ。」 ?何カレーと言ったのだろう。白髭の男のしがれた声は聴き取りづらかった。 なにかしらの動物の皮をなめした生地のメニュー一枚に焼印で数種類のカレーの名前が記されていた。 確かにカレー屋のようだ、中年ライダーズの溜まり場兼カレー屋のようだ、しかしメニューには見たことのないカレーの名前が書かれていた。訊かないと分からない。訊いても分かるかどうか・・・。 まず、順を追って行くと一番上に
それから
・・・助けてくれ。普通の「カレーライス」という文字が見当たらない。 しまった、やはりここに入るべきではなかった。 しかし、背中のライダーズが怖くて、ここで「気分が乗らないので帰ります。」なんて言えない。 適当に無難なカレーを頼むことにしよう。そして早く食べ終えて勘定を済まし出て行こう。それにしても名前から想像がつかないカレーが多すぎる。 俺は白ヒゲに訊ねた。 「マルボロカレーというのは、あの、なんていうか、なんですか?」 白ヒゲ店長はサングラスの奥でこちらを見据え、しばしの沈黙の後、枯れた低い声でこう言った。 「マルボロの葉とルーをミキサーにかけているのさ、リミックスってやつ?」 語尾の半疑問系はともかく、やはり来るべきではなかったのだ。 それは俺にはパンチが強すぎる。それに俺はノンスモーカーだ。健康志向なのでタールはご無用、というかそんなカレーを食べて大丈夫なのだろうか。 「じゃあ、ラブ&ピースカレーっていうのは、どないな品ですか?」 白ヒゲは聞こえるか聞こえないか結局聞こえる声で一言こう言った・・・。 「ハト」 ・・・・・・・・象徴らしい。食べるために命を奪いピースもないものだ。まぁ、珍しいチキンカレーと思えば、俺の胃も許してくれそうな感じだろう。 「へぇ〜、そうなんだ〜、へぇ〜、へぇ〜、へへ、へへ、ライダーカレーっていうのは、それはなんですか?なんか格好いいですね?カレーなんですよね?」 少し下から物を言ってみた。すると白ヒゲ店長は・・・ 「それは、あまりお勧めではないんだが、ここの連中もみんなよく頼む、いや、最近はそれしか頼まないな。うちの若いのがバイクに乗って、近所のココ●チからカレーライスを持ち帰りで頼んで運んで来るんだ。そしてうちで出す。つまりライダーが運ぶからライダーカレーだ。運んで来る内にうちの味になる。」 なにかもう、突っ込み所が多すぎて整理がつかなかった。店主公認「他店のカレーを当店で」ではないか。そんなことしてもいいのだろうか。目の前の白ヒゲはここにいる客達がそればかり注文しているのを理解していても疑問に思わないらしい。 後ろのライダーズがライダーカレーばかり頼むということは、ここの店の他のカレーメニューを食べると不快感を覚える味らしい証明ではないか。本当に食べれる品なのだろうか? もう俺もライダーカレーにしよう。一番無難だろうし、もしかするとこの店内で唯一まともに食べれるメニューかもしれない。早く食べてここの空間から出てしまいたい。 その時俺はもの凄い数の威圧感を背中から感じた。 振り返るとそこに煙草の煙の間から無数のサングラスがこちらを向いていた。 サングラス達は俺が店内に入った時から、ライオンが獲物の小鹿の動きを追う様に俺に圧力をかけていたが、ライダーカレーで俺が止ってから、あのサングラスの向こうの目から送られて来る圧力がより重いものとなったような気がする。 バンビの足は震えている。 煙草の煙とサングラスから彼らの表情は読めないが、どうやら俺がライダーカレーを頼むことを見通し、こちらに圧力をかけて来たのだ。 70年代のロックがかかった薄暗い店内でたくさんの黒い目がこちらマークしている。 ああ、今、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」が流れているじゃないか。登れというのか階段を。 頼めない。「ライダーカレー、いやココ●チカレー一つ」と頼めない。なんなら、「レモンスカッシュ単品で一つ」なんて言えない。 こいつらは自分らが通った棘の道を俺にも走らせたいらしい。ルートI・B・A・R・Aを。 「おい、兄ちゃん、お勧めはヒゲカレーだと言ってるだろう!」 白ヒゲ店長が、少しイラつた声で俺に言った。 「みんな、ヒゲカレーを食べて男になったんだ。明日へと繋がる道を駆け抜ける男に!!」 俺は外に駆け抜けたい。 後ろと前に挟まれて四面楚歌状態の俺は、半ばヤケクソ気味に搾り出すように答えた。 「じゃあ、ヒゲカレー一つ!!」 後ろのライダーズからどよめきが起った、いや歓喜の声らしい。俺を男として認めてくれたようだ。 白ヒゲ店長はどこが目だか皺だか分からない様な満面の笑みを抱えて厨房に消えた。 歯がヤニで真っ黒だった。 そして、しばしの後、玉ののれんをくぐって厨房から出てきた彼には髭がなかった。 その代わり手に抱えているカレーには・・・ |
