最近は第三次漫才ブームとかいうのが来ているらしくて、お笑い番組が洪水のように流されている。どのチャンネル回しても何かしら「お笑い番組」を放送している。それだけに収まらず他のバラエティー番組なんかでも出てくるメンツ起用もお笑いの人で一新されつつある。
第三次世界大戦じゃなくてお笑いで良かったが、どこもかしこも右にならえ状態でちょっとだけ辟易しつつある。
ブームの最初の頃は私もよく「お笑い番組」を観ていたんだが、次第に「ああ、今日観なくても、また同じような番組放送するだろう。」「ああ、またこの人らか、同じネタ何回もしてるよね」と、次第にチェックしなくなった。
こうなると、「テレビに出ることが売れていること、つまりそれはおもしろいこと」と勘違いするお笑い、また番組制作側も生まれちゃうんじゃないかな。
テレビって手段は情報なりなんなりを観ている人に一番伝えやすい道具だけど、無防備で容易に入って来そうで一方的に勘違いも進行がちになりそうで怖いな。
でも認知度を上げるのにはテレビは最適だし、そこから人気も生まれる可能性も多様に含んでいるからテレビってやっぱおいしいのかな。
テレビ繋がりで、数ヶ月前に毎週土曜の朝の5:30分に放送される
「週刊フジテレビ批評」を偶然観てしまった。その番組は視聴者から送られてきたメール・ハガキの意見を読んで、自局の番組の振り返るといった反省会のような番組だ。
フジテレビのHPから抜粋させて頂くと
『フジテレビの放送番組についてフジテレビ自身がチェックする「自己検証番組」として1992年4月に始まりました。』ということだ。結構隠れた長寿番組なんじゃない?
赤ん坊が今では小学生の高学年になるくらいの年月続いてることになる。
でも自局の番組検証なら会議室でひっそりとやればいいのに番組にしちゃうなんて、偽善的な良い子みたいな匂いもちょっとするけどもこれがまた、フジテレビが入らない地域の方には申し訳ないが、良い意見も悪い意見も全部読み上げててなかなか面白い。街中でアンケート形式で「●●って番組観てますか?どう思いますか?」と意見を求めることもある。
番組の作り手ことディレクターなんかも呼ばれて、VTRを観ながら検証させられたり番組意図を語らせられたり、なんだか公開裁判でも観てるようだ。
土曜の早朝にNHKの教育番組ごとくシンプルなセットでアナウンサー二人と、呼ばれた作り手だけが出演している番組。フジテレビのイメージに反して、なんの派手さも無く淡々と進んで行くが制作側の意見が真っ向に聞けて面白かった。
下手にゴールデンタイムに放送して
「視聴率が取れなかったか、○○ディレクターは
ドボン!フジテレビの玉の上からバンジーしてもらいます。おおっと、ここでチャンスカードだ。頭を8の文字に刈っても許されますよ!」
なんて色も付いてなくて良い。
徹夜明け、偶然観たその回には
「はねるのトびら」のディレクターが呼ばれていた。まだ若いな。
「はねるのトびら」はこのお笑いブームを生んだような先駆けの番組だ。なんやかんやでレギュラー陣は今や他の番組にも引っ張りダコ状態だし。
「はねるのトびら」の街頭インタビューが次々と放送される。ここで普通のインタビューなら、「○○さん、おもしろーい。いつも観てるよ。」的なものが流れそうだが、この番組はちと違った。
「ああよく観てますよ。○○のシリーズ何回もし過ぎじゃない?もう飽きた。」
「時間が早くなってから、つまらなくなった。」
「前みたいに面白くして下さい。」
意図的に集められたとはいえ、例え検証番組だろうとはいえ、自虐的だな。しかも酷評された作り手はスタジオに呼ばれている。
街中の人たちの意見を聞いてディレクターも少し曇り顔だ、それでも自分の番組の面白さに自信を込めて制作にかける情熱みたいなのを熱く語っている。朝の五時半ですよ。
聞いていると、どうやらこのディレクターは
「めちゃイケ!」のディレクターを師事していたみたいで、狙うところも第二の「めちゃイケ!」のようだ。
どうりで「はねトび」は「めちゃイケ!」と同じ匂いがすると思った。メインっぽい二人も似てるし外でもよく比べられているよね。
私が「はねトび」を初めて知ったのは関西にいる頃で、しかも関西では放送されていなかったため初対面はビデオでだった。なんの事前の知識も無く、キングコングしか知っている芸人の出ない番組のビデオをなんとなく借りて観たんだが、当初は何が面白いのかよく掴めなかったが、もう一回観てみてコント番組見ること自体久しぶりで笑う感覚が掴めてないことに気付いた。笑わそうとしてる箇所はあるんだけど、それに気付けなかった。
その頃は「吉本超合金」など吉本の若手が体を張った企画に挑むといった番組などが好きで、あまり作られたコントより、ハプニングに巻き込まれる芸人の様を観てる方が笑えた。
しかし、まあ今では計算され練習されたコント形式のお笑いの方が好きになってしまった。
ハプニング的なことや、ちょっと無茶してしまいました的な笑いって、普段の日常の生活の中ででも小さなことだったらあるけど、計算された笑いっていうのはやっぱりプロの見せ場だと思う。
でもねブームということで「お笑い」自体が過剰供給気味になって来ると質の低下を招いてしまう。叩き売りとまでは言わないけど、「笑い」「笑い」の大安売りセールが始まってしまうかもしれない。番組企画に凝るでも無く、そこそこ人気のあるお笑いの人を集めて何かさせとけば何とかなるだろうみたいな番組を多くなって来てるし、そうなると視聴者は離れて行ってしまうことだろう。
実際、私はテレビのお笑い番組から離れてしまった。
ロバートホールをビデオに録っていた自分はどこに行ったのだろう。
お笑いというのは心を開かせるのに一番容易な手段のはずなのに、一視聴者の私がお笑い番組を観ることに対して構えてしまっていたりする。
それに若手お笑いのアイドル化も進んで来ている。そうすると面白い面白くないといった笑いの根本的な部分なんて関係なくなってしまう。
アイドル化は芸人のネタどうこうより、その芸人が見せている芸の向こう側の方に興味を沸かせてしまうことになるしね。「普段、どんなことしてんだろう。」とか、芸がどうのこうのよりその芸人の人間性やプライベートに目が行きがちになる。
逆にこれは芸人潰しではないだろうか?人気はあるけども芸の腕はどうなってしまうんだか。
近年は前の漫才ブームと違って広める手段が多様化しているから、1のものを10にも20にも拡げることが短時間で可能だ。前のブームのときにネットなんか無かったし、DVDなんかのメディアも無かった。まさにネットじゃないけど蜘蛛の巣を広めるごとく次々と新たな糸に糸を絡めて拡大化して行く。
糸を拡げすぎて、糸自体の強度が弱くならなければいいんだけどね。
こりゃまた関係ない話だが、全盛期の「B&B」「紳助&竜介」のビデオが近所の古本屋で300円で売られている。
ところで、
去年、「なんでだろう」と疑問を自己提案自己解決して歌っていた二人組みを最近見ないのは気のせいだろうか?
去年、あれほど己の命を削るかの如く「ゲッツ」ばかり言っていた黄色のタキシードの人を最近見ないのなんでだろう?
去年、県歌を唄ってヒットした、「はにわ」って響きに近い名の人は元ボクサーの人をネタにして生き残っているようだけど、でも歌って、新曲出さないといけないんだよね。しかも飽きられるローテーションって年々早くなりつつあるし。それに運動部寄りで男臭いんでちょっと遠慮したい。
ブームと言われるものには必ず終わりが来る。
それはつまり、細胞は枯れ果て死んでしまい若さが永遠に保てないのと同じであり、
それはつまり、才能は枯れ果て死んでしまい人気が永遠に保てないのと同じであり、
それはつまり、食べても食べてもいつまで食べても無くならないおにぎりが無いのと同じであり、
それはつまり、食べても食べても食べるのを控えないといつまでも痩せないのと同じであり、
それはつまり、滝が逆のぼりしないのと同じであり、
それはつまり、一つの巣に女王蜂は一匹だけで構わないのと同じであり、
それはつまり、今更"年金制度"を止ーめたと言えないのと同じであり、
それはつまり、永久に続くと思われたいた不屈のメンバー陣の「ドラえもん」の声優たちが一新されるのと同じであり、
それはつまり、韓流ブームとか言うが、私の友達の韓国人たちは持て囃されている
●●様たちみたいな人たちから程遠い容姿をしており(すまん)、韓国人みんなが●●様のようでは無いということと同じに違いない。
違いない
ニダ!
今のこの熱病が終わったら、どれだけの人が残っているんだろう。
ブームに乗って飛翔する組もいれば、ブームなんてどこ吹く風で己らの道を貫く人たちもいる。
これからどうなっちゃうんだろうね。司会が出来る方だけ生き残るみたいな形は嫌だな。いつまでも己の可能性を広めながら、やっぱり一番は目の前のお客さんを笑わすために純粋にお笑いをしてもらいたいなあ。
おまけ
***「美術書100円・・・下」***
↓
***「・・・えっ?」***
↓
***「ドーベルマン刑事」***
一応、漫画も美術書か・・・。
ブラックエンジェルズの方が好きだな。
じゃあ、また!