唄っている母親を見てると、体から命の炎のようなものが噴出しているようにも見えた。
元気だよ、元気だよと。
そう、元気じゃないと歌なんか唄えるもんか。
好きな音楽を唄ってもっと元気になってもらいたかった。
ラッツアンドスターを聴かせているときに、「この人たち歌うまいね〜、だれ?」と言われたときは、やはり何処か迫って来ている現実が悲しくなった。
それでもまだ「めっ」とか言ってるのが嬉しかったりした。
菅原洋一は本当によく聞いた。母にどんな思い出があるのかなんて、最後まで聞けなかったけど、ゆったりとした曲を笑顔を浮かべて聴いてたのを思い出す。
母の好みも分かってしまっていたし、こちらも歌謡曲などの知識も深くなっていたので、あらたに好きそうなMDも落としていった。
誰の何の曲かなんて、どうでもいい。母親が少しでも、楽しそうにしてくれるなら。
こんな個室で、目を一日中つむったままなんて楽しいわけないじゃん。
せめて好きな音楽でも聴いてよ。
でもだんだん、顔の表情も乏しくなり、歌声も出なくなった。そんな日が続いてしまった。
医者の期待を裏切り、母親は八月まで生き抜いた。
なにが五月だ。ざまあみろ。
まだ、集団の病室のころ、まだ元気だったころ。
MDプレイヤーを渡して、しばらくして、MDのリクエストが来だしたころだ。
好きなテレビ番組の話になった。
そして、「世界遺産」とうい番組の話になった。詳しくは省くが、そのテーマ曲がお気に入りらしい。
ではと、探しに回った。しかし世界遺産のサントラが見付からなくて、しょうがないのでDVDから、そこから音源を取ってきかせた。
自分のなかで完璧な仕事が出来なくて申し訳なかった。音は悪いし、ナレーションもかぶっている。
後日、テレビ曲集みたいなコンセプトアルバムに表題曲が含まれていることに気付いて、さっそくMDで聴かせた。歌詞などはないから鼻歌で唄って、本当にいい曲ねと言っていた。
すると、自分の葬儀の時に流して欲しいと言う。
そんな日は来ないと言いたくて笑った。
それから個室になってから、目を使えない状態になっていたので、「世界遺産」のDVDの音源をまるまるMDに落とした。
映像は見えないけど、ナレーションや現地の音で番組は楽しめるだろうと。
母親は楽しそうに聞いていた。滝が流れるんだってとか時々当方にも教えてくれた。
このDVDだって、一時退院したときに母親が嬉しそうに買ったものなのに、見せてあげることが出来なくて申し訳なかった。
そして、一年ちょっと前の葬儀の際、「世界遺産」の表題曲を流した。
母親との約束通りだ。
ちゃんと聞こえていたかな。
母親の音楽の趣味は誰も正確に分からないだろう。でも僕だけは把握したつもりだ。もしいつか、どこかで、どこかの世界で、また母親と出会えた時に「あの曲なんっだたっけ?」って母親に聞かれてもすぐ答えてあげれるよ。
とてもじゃないけど、あの頃たくさん作ったMDもプリントもまだ触れないんだ。持って行って欲しかったな。持って行ったのかな。MDプレイヤーの使い方はプリントに書いてあるから。
また、どこかで会ったときは教えてあげるけど。
僕は聴きたくない曲がたくさん増えてしまったよ。
またいつ会えるか分からない。
いつ会えるんだろう。
これから何十年も先になっちゃうのかな。正直嫌だよ。
ときどきそっちへの行き方が知りたくなるけど、もう一人の自分が止めるんだ。
助けてあげれなくてごめんなさい。
八月が来るんだ。
あなたの誕生日が来るんだ。